国内活動ブログ

いい○○とは

先日、不本意にもダウンした際、部屋でおとなしくしていたが、急に何もしてはいけない環境になると、今度はそれがストレスになり始めた。それならばと、テレビをつけると、芸術関係の番組がやっていたので見ていた。その中で「いい役者とは」という問いかけがあった。答えとして出たのは、「監督が言う事を、ハイと応じられる人」というものだった。
言いなりかよ...と、非常にネガティブにとらえられそうだが、実はそうではない。言い換えれば、あらゆる注文を受け、きちんと結果が出せるという事。役者という世界は知らないが、この事は、他の場面でもあてはめて考える事が出来ると思う。つまり、言いなりになるのではなく、自らの意志で自分ではない新たな人物像を創りだす事だと思う。
しかしながら、この場合、きちんと役者の力量を評価が出来るだけの監督がいる事が必須条件となる。その様な環境に恵まれない場合、監督を批判する必要はない。己に合った環境を求めるのだ。環環境を変える。内面から変えるのか、外部から変えていくのか。決めるのは、己自身。
その先に、くすぶる日々か飛躍の瞬間かのいずれかが待っている。
どちらが、望ましいか。それは、あえて書く必要はないだろう。
 

2013年度 募金箱集計報告 【その4】

2月1日金曜日にて募金箱の集金を行いましたので報告させていただきます。

きのこの里さん=559円

でした。募金箱の設置にご協力いただきありがとうございます。今年度も引き続き募金箱の設置及びJAEFの活動のご協力のほどよろしくお願いいたします。
尚、今回集計した金額につきましては、今年度春より開始予定の「子ども村」建設プロジェクトや教科書事業に加えられます。
本活動につきましてはプログにて随時ご報告させていただきたいと思います。

姿勢

目先の結果にとらわれ、姿勢を変えることは、自分の存在意義を否定する事になる。安易な気持ちでいると、必ず低きに流されてしまう。姿勢を崩さないという事。
それは、自分自身をよく調べ、好きになる事から始めなければならない。
今日も、大学には休みをいい事に好き放題している連中がいて、非常に不快な思いをしたが、そのようなくだらない狐狸のごとき連中の相手をするのは時間の無駄だ。しかし、妙な宗教を布教しようとしている連中とそれに乗せられている生き方の指針が無い学生達が浮かれている様子を見ていると、なんとも虚しくも悲しい気持ちになってしまった。
目先の事しか見ていない名前だけの学生連中が、無邪気に大きな声で笑い、大学の廊下を走り回り、禁止されている飲食をしていたが、そのような稚拙且つ低俗な交流現場を見て、私が関係する受け入れは、内容のあるものにしようと、改めて思った。
私は、懺悔ひとつで気持ちは切り替えられないし、同じ失敗は繰り返さなくてもよいようにしている。
この様な「不」愉快な連中のいない環境を求めるのは、まだ自分が弱い証拠なのだろうか。やるべき事はやっているが、それでもまだ足りていないのだろうか。

2013年度 募金箱集計報告 【その3】

1月29日午後にて募金箱の集金を行なってまいりました。
本日はその報告をさせていただきたいと思います。

healing bar 阪本さん =853円

佳酒佳菜 花はなさん =17円

でした。設置にご協力いただきありがとうございます。
今年もJAEFの募金箱設置活動にご協力いただけるようよろしくお願いいたします。

尚、今回集計した金額については、今年度春より実施を予定しております「子ども村」建設プロジェクトや教科書プロジェクトなどで使用させていただきます。今後の活動につきましては、JAEFのブログで随時報告させていただきます。

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