海外活動ブログ

9日目(2月28日)

 

今日はアンロンベン小学校に行きました。

 

バスが小学校に着き、最初は不思議なものを見るような目で私たちを見ていた生徒たちもだんだん近寄ってきて、一緒にわいわい遊ぶようになりました。お昼にはカレーを作って一緒に食べました。子供たちの満足そうな顔を見れて、こちらも楽しくなりました。

 

午後はアンコール大学の学生と一緒に理科の実験を子供たちに披露しました。5つのグループに分かれ、それぞれのグループが日本人大学生とアンコール大学の学生合同で簡単な実験を行いました。あまり知識のない子供たちにも興味を持って楽しんでもらえるように、前日からアンコール大学の学生とリハーサルを行って本番に臨みました。いざやってみると、予想以上に子供たちは関心を示してくれ、どのグループの実験もとても盛り上がりました。カンボジアは最近民主制が導入されてきた国なので最後には投票を行い、どのグループの実験が1番おもしろかったかを子供たちに選んでもらい、選挙というものを体験してもらいました。これを機に、子供たちが少しでも科学や勉強に興味を持ってくれたら嬉しいです。

 

実験後、元ポル=ポト兵の話を聞きました。強制的に徴兵されたため、彼は軍人であった当時ポル=ポトが行っていた虐殺などを知らずに戦場で戦っていたそうです。しかし、ポル=ポト政権崩壊後その現実を目の当たりにしショックを受けました。彼は新政府側へと移り、政権崩壊後もポル=ポト軍の残党であるゲリラと戦ったそうです。この話をしている間彼はどこかさびしげな表情をしているようにみえました。

 

みんなの疲れもそろそろ溜まってきたようで帰りのバスでは話し声が聞こえませんでした。

 

明日はアンコール遺跡で朝日観賞をするので今日は早く寝るとします。

 

 

 担当者 小出 清水 福永  

 

8日目(2月27日)

8日目はバイヨンインフォメーションセンター、アンコール大学訪問、アキラ地雷博物館、トレンサップ湖水上生活者の視察をしました。

 

まず朝740に集合してバイヨンインフォメーションセンターへ向かいました。ここではアンコールワット修復事業の話をうかがいました。アンコールワットの修復は戦前からフランスが植民地の名目として始まりました。戦後、文化危機遺産であったことから日本を含む色々な国が修復作業に参加し、今では世界各国がこのアンコールワットの修復作業を分担して行っています。アンコール王国はもともと山岳信仰のようなものを行っており、その延長として山をまねたアンコールワットが作られたそうです。アンコールワットの寺院はその山岳信仰と仏教、ヒンドゥー教などを混ぜ合わせた独特の宗教を信仰しています。

このアンコールワットには10日目に朝から朝日を見て一日観光をする予定です。

 

 次はアンコール大学を訪問しました。明日ここの大学の日本語を学ぶ学生と共に小学校で理科の実験を行うことになっているので、その打ち合わせを行いました。5グループに分かれてそれぞれ子供の学習意欲を駆り立てるような、簡単でおもしろい実験を扱っています。アンコール大学の学生は日本語も上手で、みんなで雑談も含めつつ仲良く話あいました。子どもたちが楽しんでくれるといいなあ。

 

 昼食はカンボジア料理のビュッフェに行きました。これまでに食べたことのある料理も多く、カンボジア料理に親しみを感じるようになってきました。こっちの料理を食べられるのも残り少ないので味わっていきたいですね。

 

 そして昼食後、シュムリアップ郊外にある、地雷博物館へと訪れました。ここは政府などの資金によらず、アキラ氏によってつられたものです。撤去され中の火薬等が抜かれ爆発しなくなった地雷や空爆用のミサイルなどが展示されていました。地雷は1ドルから5ドルなどで流通しており、それらが与える被害は容易にそれに比べることのできる程度ではありません。地雷博物館の訪問を通じて地雷への理解を深めると共に、その現実をまじまじと見つめる考えるきっかけとなりました。

 

 地雷博物館の後にはトンレサップ湖へ移動し、トンレサップ湖のクルーズへと出かけました。トンレサップ湖は今でも多くの湖上生活者がおり、湖上に住居などを構えています。また水上にマーケットや学校、さらにはレストランなどがあるなど、生活に欠かせない機能が存在しています。また今回訪れた季節はカンボジアでは乾期にあたり、クルーズ中にも、トンレサップ湖にそそぐ川の沿岸の道には、家などの建物がありました。またこれらの建物は雨期になると離れた山の下までトラックで毎年引っ越すとのことでした。さらに湖上においてもクルーズ船に近づき、ジュースなどを売る少年が乗り込んでくるなどということもありました。川や湖とともに生きる人々の様子が分かりました。

 

 いよいよ明日はアンロンベン小学校での理科の授業などの交流会の日です。理科の実験を通して関心を持ってもらえるといいな。

5日目(2月24日)

今日は朝8:00にチェックアウト!

ついにベトナムとお別れの日となりました。

HOANG HAI LONG HOTELでは最初は英語も通じなくて(ベットメーキングしてくれた人←ついたときされてなかった笑)

焦ったこともあったけど、みんな笑顔が素敵で、カムオン!(ありがとう)とか私がいったときも笑顔でこたえてくれて、とても居心地のいいホテルでした。

個人的に問題が生じたときも、丁寧に対応していただきました。カムオンベリーマッチ!

 

バスで出発して国境の町、モクバイへ。

私はこの移動中みんなで初日に書いたプロフィールを確認させていただきました。

もっと詳しく書いとけばよかったなと少し後悔。ひねくれてて嫌になります。

そして国境を越える前に、ガイドのハンさんとの別れ(;_;)

とっても素敵なお姉さんで、本当にお世話になりました。

寄せ書きも渡しました。

 

そのあと、重いスーツケースの移動、書類申請、わいろ(日本ほど悪い意味ではないみたい)など手続きを済ませました。

なんかJAEF至上最速だったらしいです。笑 運もだけど引率の方のおかげですね^^

きゅうちゃんのギャッツビーが最高だったのもよく覚えてます。

 

国境は思ったより普通にあって、その線の両側に両国の国旗がありました。

引率のたーしさんが越えて、写真に撮ってもらいながらみんなで一緒に国境越えをしました。

そうやって入ったものの、すぐベトナム側に戻って荷物をカンボジアに移動しました。それが面白かったです。

で写真撮影ラッシュでした。

 

ベトナムでは新しい男性のガイドさんがつきました。

夜ごはんは川沿いのきれいなレストランで食事。

ミックスジュースをのみ、「氷...」と多少脳裏に浮かびましたが、お腹のことは考えずに頂きました。

おいしかったです。

 

明日は朝ごはんは食べて7:30集合で、ツールスレン、キリングフィールド、ごみ山からのお昼、となるそうです。

こちらにきてから2時間前~一時間半前を目安に起きるため、なかなか朝早い日が多くて大変ですが、明日も頑張ります。

担当はちとっちゃん、かなこ、しゅんすけでした。

 

4日目(2月23日)

四日目は自由行動で、各々が自由に過ごしました。オプショナルツアーに参加したり、自分で計画して街を散策している人もいました。

オプショナルツアーではマングローブの森を探検しました。このマングローブの森探検ツアーに参加した人が一番多いようでした。私自身もこのツアーに参加しました。

まず高速船でメコン川を渡りました。風がとても気持ちよかったです。島に着くと、展望台に登りました。展望台は非常に高く、眺めは最高でした。

展望台から降りるとワニ園に向かいました。ちなみにこのころから私のお腹のお調子がおかしくなってまいりました。しかしここのトイレには便座がなく、私はあきらめました。

ワニ園ではワニ釣りが体験できました。ワニ釣りは船に乗り、えさをつけてワニを釣り上げるというものでした。今晩のおかずになればと思い、みんな必死にやりましたが残念ながら釣り上げることはできませんでした。

ワニ園から出ると、次は昼食をとりました。近くに海があり、昼食後にみんなで遊びました。

最後に猿園に向かいました。猿たちはなかなか積極的で、襲われた人もいました。

オプショナルツアーから帰ると、街へでかけて買い物をして、夕食をとり、バーで少しおしゃべりをしてからホテルへ帰りました。とても楽しい一日でした。

3日目(2月22日)

224日、第一陣の3日目について報告させて頂きます。

 

 今日は朝から戦争証跡博物館へ行き、まずガイドのハンさんから枯葉剤についての説明を聞きました。枯葉剤がアメリカ軍によって散布された理由は、ベトナム軍の駐屯地が森林の中に作られており、その位置を上空から確認できなかったためでした。枯葉剤によって数時間のうちに森林が全て枯れると、アメリカ軍は飛行機からも人々を確認することができるようになり、効率的に攻撃をすることができたのです。博物館の一階には各国におけるベトナム反戦運動の写真が展示されており、日本の写真や当時の新聞記事、本なども置かれていました。最も衝撃的であった二階にはアメリカ軍が攻撃する様子やベトナム人が苦しめられる写真が数々展示されており、ベトナム戦争の悲惨さと共に、アメリカ軍の残虐さをリアルに痛感することができました。また、枯葉剤によって被害に遭ったベトナム人の写真も多く展示されていて、如何に枯葉剤による影響が大きなものであり、何世代にもわたってベトナム人を苦しめてきたのかを知ることができました。博物館の外にも実際に使用されたギロチンやアメリカ軍の戦闘機が展示されており、多くの人が一時間では時間が足りないと感じるほど戦争証跡博物館では多くの事を学ぶことができました。

 

 博物館を後にして次に向かったのはドクさんのいるツーズ病院でした。院長先生から病院の説明や枯葉剤の影響を受けた子供たちの話を聞いた後、通されたのは一つの衝撃的な部屋でした。その部屋には枯葉剤によって死産した子供たちが多く保存されており、奇形児や結合双生児を見て誰もが言葉を失っていました。その後、現在病院で治療を受けている子供たちに会う機会があり、子供たちの姿にショックを受けながらも元気な子たちとは写真を取るなどをして交流をしました。障害を持ちつつも逞しく生きるドクさんの姿には多くの学生が力をもらっていました。

 

 重い内容だった午前中からは一転して、午後はベンタイン市場やドンコイ通りでショッピングを楽しみ、お土産を買ったり、マッサージへ行ったりしてそれぞれ自由時間を過ごしました。

 

 以上が3日目の報告でした。

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