国内活動ブログ

姿勢

目先の結果にとらわれ、姿勢を変えることは、自分の存在意義を否定する事になる。安易な気持ちでいると、必ず低きに流されてしまう。姿勢を崩さないという事。
それは、自分自身をよく調べ、好きになる事から始めなければならない。
今日も、大学には休みをいい事に好き放題している連中がいて、非常に不快な思いをしたが、そのようなくだらない狐狸のごとき連中の相手をするのは時間の無駄だ。しかし、妙な宗教を布教しようとしている連中とそれに乗せられている生き方の指針が無い学生達が浮かれている様子を見ていると、なんとも虚しくも悲しい気持ちになってしまった。
目先の事しか見ていない名前だけの学生連中が、無邪気に大きな声で笑い、大学の廊下を走り回り、禁止されている飲食をしていたが、そのような稚拙且つ低俗な交流現場を見て、私が関係する受け入れは、内容のあるものにしようと、改めて思った。
私は、懺悔ひとつで気持ちは切り替えられないし、同じ失敗は繰り返さなくてもよいようにしている。
この様な「不」愉快な連中のいない環境を求めるのは、まだ自分が弱い証拠なのだろうか。やるべき事はやっているが、それでもまだ足りていないのだろうか。

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